15MANLIFE.WORK

仕事で埋まっていた時間に、散歩と家のことが戻ってきた

2026.08.28


家から少し歩いた先に、ベンチがある。

坂道を上がると息は切れるし、暑い日は普通にしんどい。でも、クロムは先を歩く。草の中を行ったり来たりして、僕はベンチに座る。目の前には街と海が見える。

別に観光地でもない。高い店へ行くわけでもない。家から歩いてきただけだ。

それでも、その日はこれで十分だった。

仕事の隙間に追いやられていた時間

二つの仕事を合わせて、月222時間ほど働いていた時期がある。昼に働き、夜にも働く。自由時間は仕事と仕事の隙間へ追いやられ、丸一日休めるのは週に一日くらい、という感覚だった。

休みの日も、何もしないでいたわけではない。家のDIYや雑用があった。買い物をして、気になっていた場所を片づけて、また次の日の準備をする。時間が空いても、何かで埋めていた。

働いている時には、休みは貴重だった。だから空いた時間も、どこかで使い切るもののように思っていたのかもしれない。

月222時間働いていた時のことは、月222時間働いても、生活に余裕があるとは思えなかった に書いた。

けれど、ある日、一時間ほどの空きができた。

そこでクロムを連れて歩いた。家から二十分ほど坂を上がると、ほとんど人のいない場所がある。クロムは草の中を歩き回り、僕はベンチに座った。持ってきたのはチューハイとサバ缶だけだった。

目の前には伊東の街と海が見えた。

その時に、何か大きな答えが出たわけではない。仕事のことも、生活のことも、考えなければならないことがなくなったわけではない。

ただ、その日は空いた時間を別の予定で埋めなかった。

家に戻る時間

伊豆の家で暮らしていて、朝の時間も少しずつ変わった。起きたらコーヒーを飲んで、クロムと散歩へ行く。自分で直したベランダに出て、ぼーっと外を見る。家の中で気になっていたところを少し片づけて、必要な買い物をして、また家へ戻る。

特別な暮らしではない。

家を買った直後は、トイレや修繕のことで頭がいっぱいだった。住むために直した場所が、いつの間にかコーヒーを飲んだり、外を見たりする場所になっていた。

クロムがいるから、散歩に行く理由がある。外に出る理由がある。犬と暮らすことが何かを解決する、という話ではない。ただ僕の場合は、普通の日常へ戻る場面の中に、クロムとの散歩があった。

仕事で埋まっていた時間に比べると、朝にコーヒーを飲むことも、ベランダで外を見ることも、ずいぶん小さなことに見える。

でも、こういう小さなことが戻ってくると、空いた時間を全部「次のため」に使わなくてもいいと思える時がある。

普通の日常へ戻ることは、問題を解決する方法というより、考える前に生活を壊し切らないための時間だったのだと思う。

自分の場合は、答えを出す前に、クロムと歩き、家に戻り、また次の日を過ごす時間が必要だった。