「とりあえず生活費を稼ごう」と思って入った仕事があった。
面接では競輪場の警備員として採用される話だった。けれど、入ってみると警備員になるための教育は始まらず、ずっと案内所で勤務することになった。
案内所の仕事そのものは悪くなかった。だから、仕事内容が合わないからメインにしなかった、という話ではなかった。
ただ、自分にとっては生活の土台にできなかった。
勤務予定を読めない仕事だった
最初の約1か月半は、警備員として時給1,200円で入ったつもりが、案内所の最低賃金のままだった。
その後も、勤務回数は週1〜3回程度で変動し、翌週の予定が毎週決まった。来週の予定を立てにくく、本当に仕事が入るのかも分からない。ダブルワークをどう組めばいいかも考えにくかった。
現場には年金生活者の人もいた。みんな仕事を欲しがっているように感じる中で、自分がこの仕事で粘って仕事をもらう働き方はきついと思った。
生活費を稼ぐ必要がある自分にとっては、同じ条件は成立しなかった。仕事が面白いかどうかとは別に、毎月の生活を支える仕事として考えられるかを見る必要があった。
面白さだけでは、メインの仕事にできなかった
仕事が悪かったわけではない。案内所ではほとんど座っていたが、競輪を見ながら「こういう仕組みなんだ」「こういう人がいるんだ」と興味を持った。その後、今は競輪にはまっている。競輪は面白いと思っている。
それでも、勤務回数や予定を読めることとは別だった。自分はこの仕事をメインの仕事にはしなかった。
生活費をどこから出すのかまで含めると、自分には別の仕事が必要だった。
自分に合う仕事と、生活を支える仕事は同じとは限らない
仕事を選ぶ時、給料だけで決めるべきだとは思っていない。けれど、仕事内容が悪くないことだけでも、生活は続かなかった。
自分の場合は、仕事の面白さと、生活の土台になるかを分けて考える必要があった。週にどのくらい入れるのか。今の自分の生活費を支える形になるのか。その二つを一緒に見るようになった。
これは、どの仕事を選ぶべきかを決める話ではない。自分の条件では、好きか嫌いかだけでは決められなかった、という記録である。
生活を支える仕事を探しながら、面白いと感じる仕事をどう残すかは、今も考えている途中にある。