仕事を増やすか、続けるか、外すかを考えるとき、給料や仕事内容だけでは足りなかった。自分の場合は、収入・予定の立てやすさ・休める時間・その場所での扱いを、一緒に見ていた。
これは「こう選ぶべき」という話ではない。続けるか辞めるかの二択を急ぐ記録でもない。今の時点で、自分が何を土台にしにくく、何を残したいと思ってきたかを整理した。
この記録で分かること
今日できるのは、次の四つからいちばん気になるものを一つ選び、今の仕事に当てはめてみることだ。頭の中で確認するだけでよい。メモに書くのは任意である。
| 見るもの | 自分で確かめること |
|---|---|
| 収入 | いま毎月ほぼ出ていく生活費と、いまの収入を並べてみる。次の仕事を急ぐ必要があるか、少し待てそうか |
| 予定 | 来週どのくらい働けるか、いつ分かるか。別の仕事や家の用事を入れられるか |
| 休み方 | その収入のために、家に帰ったあと休む時間が残るか |
| 扱い | 雑に扱われていないか。必要以上に消耗させられていないか |
一般の正解や、いくらまで減らせるかの答えは、この記録にはない。
収入は、次をどれだけ急ぐかを見る材料だった
手取り15万円程度の仕事を休んでいた時、考えたのは、もっと稼げる仕事をすぐ見つけられるかだけではなかった。
自分の生活には、いくらあればすぐ崩れずに済むのか。その線を考える必要があった。
以前は埼玉で月5万円ほどの家賃を払っていた。今は家賃がかからない。その違いだけで生活全体が安心になったわけではないけれど、次の仕事をすぐ決めなければならない感覚は少し変わった。
収入は、仕事を好きか嫌いかとは別に、どのくらい急いで次を探す必要があるかを見る材料になった。
必要な収入の線をどう考え直したかは、手取り15万円の仕事を休んだ時、必要な収入を考え直したに書いた。
予定を読めない仕事は、生活の土台にしにくかった
競輪場の警備員として入る話だった仕事では、実際には案内所で勤務することになった。
案内所の仕事自体は悪くなかった。競輪を見ながら興味を持ち、今も競輪は面白いと思っている。
でも、生活を支える仕事として見ると別だった。勤務回数は週1〜3回程度で変わり、翌週の予定が毎週決まった。来週にどれだけ働けるのか、その週に仕事が入るのかが読みにくいと、生活の予定も、別の仕事をどう組むかも考えにくかった。
自分にとっては、面白いかどうかだけではメインの仕事にできなかった。
予定を読めることは、単に予定表を埋めやすいという話ではない。生活費をどこから出すか、他の仕事を入れられるか、次の週をどう過ごすかを考えるための条件だった。
この仕事を外した理由は、仕事内容が合わなかったからではない。自分の生活を支える形としては、続けにくかったからだった。
当時の出来事は、仕事内容が面白くても、生活の土台にはならなかったに詳しく書いた。
収入が増えても、休める時間が残るとは限らなかった
先に夜勤の仕事があり、そこへ昼の仕事を加えた時期があった。二つの仕事をしていた時期、月の勤務時間は約222時間だった。手取りは月24万円前後という感覚だった。
数字だけを見れば、昼の仕事だけの時より収入は増えていた。
それでも、自分には生活に余裕があるとは思えなかった。夜勤と日勤が続き、夜勤明けに次の仕事へ向かう日もあった。丸一日休める日は、週に1日くらいという感覚だった。
自由時間は、仕事と仕事の隙間に追いやられていた。
自分が見ていたのは、月にいくら入るかだけではなかった。その収入を得るために、どれだけの時間を使い、どんな状態で家に帰るのかも一緒に見ていた。
これは、ダブルワークは多すぎるとか、二つの仕事をしてはいけないという話ではない。自分の場合は、その働き方を長く続けられるとは当時から思えなかった、という記録である。
月222時間働いた時のことは、月222時間働いても、生活に余裕があるとは思えなかったに書いた。
今は、人間らしく扱われるかも大きいと思っている
自分はこれまで、長く仕事を続けるための明確な条件を見つけられていない。
仕事内容が面白ければ続けられる、とも言えない。給料が高ければ続けられる、とも言えない。
今の自分が少なくとも大きいと思うのは、人間らしく扱われるかどうかだ。
雑に扱われないこと。必要以上に消耗させられないこと。一人の人間として扱われること。
それがあれば必ず長く続けられる、という意味ではない。自分自身、今も答えを持っていない。
ただ、仕事を増やすか、続けるか、外すかを考える時、収入や時間と同じくらい、その場所で自分がどう扱われているかを見る必要があると思うようになった。
始業前に着くことが当たり前になっていた記録を見て、自分の状態をどう受け止めたかは、始業23分前に着く記録を見て、続けたくない気持ちが見えたに書いた。
一つの仕事が人生の全てだと思い込まないために
自分は、手取り15万円くらいで働いていた時、少ない給料を見て気持ちまで下がっていくことがあった。
生活費を稼ぐ必要がある仕事を、どう続けるか考えてきた。
でも、自分は仕事の中に楽しめるところがあれば、そこは楽しみたいと思う。職場の人と自然に付き合えるなら、それも大事にしたい。仕事だからと割り切った方が楽なら、自分はそう考えてもいいと思っている。
仕事だけで生活全部を埋めず、趣味や自分のやりたいことも残しておきたい。
自分は、今の仕事を失ったら終わりだと思い込むと、動きにくくなることがあった。
自分の場合は、同じくらいの収入の仕事が他にもあるかもしれない、と考えられる余地を残しておきたい。別にやりたいことがあるなら、そちらを試してもいいかもしれない。
これは低い給料の仕事には責任を持たなくてよい、という話ではない。どの仕事を辞めるべきかを決める話でもない。
自分の場合は、給料が少ないことだけで、人生全部を暗くしないようにしたいと思っている。
何を優先するかは、生活の状態で変わる
収入、予定の読めやすさ、休める時間、人間らしく扱われること。
この四つのどれが一番大切かは、いつも同じではないと思う。家賃を払っていた時と、今のように家賃がかからない時では、必要な収入の見え方が違った。二つの仕事をしていた時期には、休める時間より収入を優先していたこともあった。
その時の生活で、何を急いでいて、何がもう限界に近いのかを見るしかない。
自分にとって仕事は、面白いか、稼げるかだけで決まるものではなかった。生活を続けられるか。その先に自分の時間が残るか。そこで人間らしく扱われるか。
まだ、これなら長く続けられると言える仕事は見つかっていない。
でも、何を見て仕事を増やすか、続けるか、外すかは、前より少し分かるようになった。
答えはまだ決まっていない。これからも、生活が変わるたびに考え直すと思う。
いまの仕事に、一つだけ当てはめる
上の表からいちばん気になる行を一つ選び、いまの仕事に当てはめてみる。
通勤や始業前、シフトの決まり方を見るときは、求人票の給与だけでは、生活が続くか分からなかったへ。働く量を減らす前の固定費の見方は、働く量を減らしたい時、最初に見る数字へ。
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